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six-9のブログ

おっさんのブログ。エロゲとかアニメとか。

二十分間耐久筆記 2015年2月22日

実に三年ぶりに二十分間耐久筆記に挑戦する。
三年!なんと恐ろしい。三年前、2012年の2月、俺はヒミズを見ていた。らしい。就職への漠然とした不安と何よりも実績のまるでない薄っぺらな人生経験に依拠した無根拠な自信。そう。あの頃、俺には自信があった。いない歴=年齢の童貞で、特に人に自慢できる経歴もなく、志望していた出版社からは軒並みお断りの連絡をもらっていたのにも関わらず。唯一、国際誌へ一報出したことがささやかな自慢だった。
東京!!東京へ出ればいろんな可能性があり、女の子と浴びるようにSEXできる!
まるで大学進学前の俺である。
結果、大したことはなかった。もちろん、田舎とは違って居酒屋とかバーとか違法風俗店とかに外人がふつーにいてカオスだし、そーゆー外人どもがやつらのハラールだったりする食材を売ってる店が各駅にあったり、レストランがあったりする。なんちゃっての仕事で英語だったり中国語だったりでどーでも良い事務的なメールや会話のやり取りをする。秋葉原にはけっこうまともな電気電子部材が転がってたりする。もちろん中古のエロゲーだったり同人誌だったりもだ。
だからどうだというのか。人間関係? やはり変わらない。職場と以前からの友人と。おしまい。妙なつながりの合コンみたいなイベント数合わせで何度か参加したが、どうにも続かない。基本的に受け身だから。あと気に食わない奴は気に食わないから。
書き出してから懐古と後悔しかないこの散文をどこに着地させればよいのか、迷う。
大切なことは、そう大切なことは三年前に抱えていた自信だ。今の俺には自信がない。これが全ての敗因だ、とおもう。何をやっても、誰と話しても卑屈になってしまう。
三年前の自信の根拠は何だったのだろう? 未来だ。無根拠な、明日の俺は今日の俺よりも凄くなってるはずだ、という思い込み。果たして、明日どころか三年も経ってしまって、凄くなるどころか矮小になり、学生時代に軽蔑していたダサいおっさん以外の何者でもなくなっている。絶望。
どうしてこうなったのか、という後悔と、将来への期待が持てないことによる無気力。俺はどこへゆけば良いのか? 何を目標とすればよいのか? 苦しい。息苦しい。以上、現状の分析。対策は無い。無いと思う。どこかにあったのだろか、対策が。

ヒミズ感想(ネタバレ有り)-背中をぶっ叩かれるような激励

screenshot
http://himizu.gaga.ne.jp/


感動した.
「住田ガンバレ!」
ラストシーンで,住田が川から出てきたシーンは感動したし,最後に二人で走ってゆくのも良かった.


映像に関しては,「冷たい熱帯魚」でもそうだったように,圧倒される.
暴力描写に裏付けられた強い「生」へのメッセージ.
3.11後の石巻市のカットも,圧倒的な現実感,というか,ままならない人生というものを象徴していて,涙が出る.
そう.瓦礫となった街を見たときに,自然と涙が溢れる.
そういったものは,少なくとも僕は震災後の仙台港周辺を通ったときに経験したし,共感する人もいるだろう.


ストーリーに関しては,ドストエフスキーの「罪と罰」が強く想起されるものだった.
父親殺しに悩む主人公.主人公は自信家で,人とは違う,と思っている.
しかも,父親を殺すときに,一回ブロックを落としてからまた拾う,なんてことも「罪と罰」に忠実だった.
最後には,少女(処女)へ懺悔し,少女の導きによって自首し,罪を償うことを決意する.
作品が悪いわけではないが,「罪と罰」の印象が強すぎて,ストーリーのインパクトが薄れてしまったように思う.


とにかく,暴力描写に富んだ作品であるにも関わらず,いや,そのせいかもしれないが,鑑賞後には何かに急かされるような,衝動的かつポジティブな気持ちになった.背中を押される,というよりは背中をぶっ叩かれるような激励を感じた.
興味のある人は是非見てください.

Rewrite雑感: 田中ロミオの変節.孤独の肯定.

もう発表から3年もたってるんですね...田中ロミオを嗜好する者としてこの3年前,楽しみにして来たRewrite

Rewrite 初回限定版

Rewrite 初回限定版

やっとプレイ終了.まだMemoryが全部埋まってない(Friend*1とQuestが虫食い)のだけれど,一応最後のエンディングまで見たのでとりあえず雑感をメモしておく.


[Caution] ネタバレ全開なので避けたい人は見ないでください.

*1:よく考えたらFriend"s"にしないとおかしいよな...ま,これはスタッフのちょっとしたミスだろうけど

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シンポジウム 「東日本大震災とこれからの思想」

株式会社ゲンロンに参加してきました.

思想地図β vol.2 緊急出版 東日本大震災と思想の言葉
シンポジウム
東日本大震災とこれからの思想」
瀬名秀明鈴木謙介+石垣のりこ+東浩紀

日時 : 2011年5月21日(土)14時〜17時
会場 : せんだいメディアテーク1Fオープンスクエア
入場 : 無料、定員150名(予約不要、先着順)
共催 : せんだいメディアテーク

3.11震災後の言論・文学に何ができるか? がテーマだった.*1

togetterまとめはこちら→5/21(土)思想地図βトークイベント「東日本大震災とこれからの思想」ツイートまとめ at せんだいメディアテーク - Togetterまとめ

写真は瀬名さんが資料として用意したスライド三枚*2



以下雑感.

瀬名さんは震災についてのエッセイを全て断ったとのこと.被災者としての時間・空間と作家(情報発信者)としての時間・空間には開きがあって、瀬名さん(含め作家、マスコミ、言論・文学)自身ができることはヒューマニティ災害の時間・空間である、というのは成程。瀬名さんの用意した資料はよく出来ていて、僕自身の理解に非常に役立った.瀬名さんの思いが篭っていたように思う.

石垣さんと東さんは共にお子さんを持っていて、時間という点から瀬名さんとは異なった意見を持っていた.ように思う.確かに,子どもを持っていると、情報への姿勢が変わるのはその通り.

瀬名さんが、「今は震災について語ることは出来ないが,10年,20年後に語る勇気を持ちたい」といっていた.これはまさにヒューマニティ災害(左上のスライド),終わりのない対話(右上のスライド)に対する仕事だ.トークショーの始めに示唆されていたように,言論の仕事場は災害直後ではなく,ある程度の時間経過後に状況が広範囲にわたってからになる,というのが一つの結論だと思う.

それとは対照的に,研究者に求められる,または科学に求められる役割というのは,災害直後の状況が限定的な中での助言だ,という瀬名さんの意見には同意.今回,いわゆる「サイエンスコミュニケーター」のような人たちが上手く活躍できなかったのは,この時間的・空間的なタイミングに乗り遅れてしまったからなのではないか? ここらへんで,右下のスライドの意味を再考してみる価値が出てくる.*3もちろん,右下の意思決定の問題については科学専門職かどうかには関わらず皆が一度は考えるべき問題であるのだが.

途中*4,震災後の日本の方向性として,鈴木さんが回帰直線の話を例に出して『全体として大多数が満足するような回帰直線は引けないが,グルーピングによってある程度のまとまりを持った集団の希望の方向性はつけることができる』みたいなことを言っていた.そして,それに関連して東さんも,『日本はもっと地域ごとに別れたほうが良い.例えば東北地方と関東首都圏,関西など』みたいなことを言っていた.つまりガンバロウ「日本」のような集団化はあまり良くないのではないか? ということ.

また,『希望』を語ることについて,つまりこれも言論がどう震災後の世界を牽引してゆくか,ということにつながるのだけど,それぞれ
瀬名さんは小松左京さんの阪神大震災後の作品づくりとか、なんとかっていう外国の人が書いてる希望という書籍*5を例に出して『多くの人々のそれぞれの希望観を蒐集したものの中から,一人ひとりが自分に合う希望の形を見つけ出すものなのでは?』
石垣さんも,その職業柄もあるのだろうけど,『日々の中で自分の感じた希望を伝えていくしか無い』みたいなことを言っていた気がする*6
東さんだけはちょっと面白いことを言っていて,言論の仕事はそれぞれが希望を見つけられるような「雰囲気をつくること」だと言っていた.これだけは「マス」メディアの中の人としての,今日のシンポジウムの穏当な着地点であるように思う.
鈴木さんが瀬名さんの話に乗っかって,公園とかの街中でみんなとにかくしゃべって,それをgoogleとかのサービスにアップ・ストレージして,各自が各自の希望を見つけられるようになれば良い,みたいな話をしていた.うーん…これは確かにその通りなんだけれど,そこに「マス」コミは必要ない.作家も編集者も要らなくて,ただただみんながみんなとつながってる状況.これはちょっと今日のテーマとズレてるかなー,なんて思った.だから,俺の中では瀬名さんと東さん,と石垣さんのまとめがしっくりきた.*7

最後に,今回の講演で本当に瀬名さんの発言が東北在住の被災者の心境を反映していたと思う.いい人選だった.「仙台の,被災者の言論はまだ回復していない.だから何も語れない.しかし,今回のシンポジウムは私にとって癒しになった」という最後の一言が印象的だった.

追記するなら,やはり言論の仕事は直接人を助けたりご飯をあげたり仕事をあげたりすることではない.その点で,衣食足りてなんたら,ではないけれども,震災からの再生に向けた言論の仕事というのはフィールドが独特なのかな,と思った.鈴木さんも「社会学的見地から言うと,復興に必要なのは資源と雇用とコミュニティだ*8」という発言で肯定しているように,誤解を恐れずに言えば,ほとんど言論ができる仕事はないのかもしれない.

*1:14:10頃に到着して,間に合わなかったーと思ったら,30分押しで14:30スタートになったとのことで,フルに見れて不幸中の幸いだった.

*2:こーゆーのってアップしていいのかわからないけど,意味があるような気がするのでアップします.なんか言われたら消します.あと見苦しい書き込みがあって申し訳ない…

*3:僕自身,工学研究科に所属しており,mSvとかの値については肌感覚で理解していたところもあるので,何かできたのではないかと思っている.

*4:どんな流れからかは忘れたが

*5:忘れた...いつ出版されるかわからない,みたいな話をされていたような...

*6:石垣さんの話は要点が見えなくてよくわからなかったから自信ないけれど...

*7:もちろん、鈴木さんが言った状況が実現出来れば良いとは思うけれども

*8:もちろん,それ以外の,例えば被災による気持ちや痛みの問題に対して言論の仕事が必要なのでは? との問いかけにつながるのだが...

20分間耐久筆記(二回目)

 つれづれなるままに二十分間耐久筆記を開始する。思うにこれは一つのブレインストーミングであり、ストレス発散でもあるような気がする。なんか、歩いている時とか、バス通学の中とかで、結構「俺って賢いな」という二ページくらいのエッセイのネタを思いついているんだけど、なかなか書きだす機会がなくて、勿体無いきがしている。最近思っているのは、やっぱり就活についてで。日本の(特に地方旧帝大の工学部の)就職活動は恵まれていて、OBとか推薦とかで、やっぱりすんなり決まるもんなんだ。ということ。あと、リクナビとかが悪だって言ってる人たちは今すぐ死ぬべき。ニーズがあるからあんなに発展してきたわけで。だって、リクナビがなかったら、あんな企業やこんな企業に、ワンクリックでエントリーできなかったわけだし。そのてんで非常に意義深い。ただ、おもうに、この「ワンクリックでエントリー」という手軽さが、応募者の急増を招き、ESとか、(もちろん、応募者だけではなく、人事担当の)選考の手間を増やしてしまっているのが問題なんだけどね。ただ、俺はESというのは非常によくできていると思っていて、ただあの空欄を機械的に埋めてゆけば自分の志望動機と企業とのマッチングがわかるのはちょっと凄いと感動している。試験問題で良問に出会ったときの気分だ。これ考えた人(達)はすげえ時間掛けて考えたんだろうな、とびっくりするくらい。
 ええっと、何が言いたかったんだっけ? いや、それでその機械的にESを埋めてゆく作業を行っていたときに気づいたのは、やっぱり大学の定期試験とおんなじで、テキトーにロジックで埋めていけばいーんじゃね? と思ったこと。定期試験との違いは、教科書と論文で発表された自然科学の知識を使うんじゃなくて、自分の経験を使って採点者を説得する、という、使用素材の違いだけ。ここらへんは、去年、卒業論文で「自分が実験したデータ」という何のオーソライズもされていないゴミからロジックを展開して読者を説得する、という経験をしたおかげで、なんというか、屁理屈を捏ねくり回して自分の暴論を押し通す、ということにさほどの罪悪感を感じなくなっているのでやりやすい、気がする。あとは、こーいった書類を書くのって、大学院生をやっていると結構あるような気がして、(レポートとか、予稿とか)、自分なりの書類仕事の片付け方のコツ(例えば、二日前までにゼロ稿書いて、前日に第一稿にして、印刷して音読して誤字チェックして提出、とか)を身につけているので、意外とやりやすかったりする。
 あと、就活(笑)をしていて思ったのが、やっぱり社会とのつながりをつくる作業だということ。普段は、やっぱり学生だから、「働く」ことを意識なんてしていないし、どうやって食っていくか、なんて考えていない。学術的に意義があること、もしくは、自分の知的好奇心の充足が主眼となって行動している。そんな中、リクルータなりOBなりに仕事の話を聞いて、社会人としての生き方を生々しく伺うと、これから先40年どうやって生きていくか、それも、これまでの20年ちょっとの経験をどう流用して生きていいくか、考える良いきっかけになっている。なんというか、そういった意味で、先述の「学術的な事にしか興味がない」俺は就活(笑)と思って馬鹿にしていたのだけど、ちょっとやってみて、大事だなあと考えを改めて居るのだ。でもやっぱり、俺の志望先を考えると、「僕は非現実的なものを好む(紺野柾木)」ではないけれど、安定性や将来性なんかよりも、「楽しいことをしたい!」ということばっかり考えていて、一般的な「人生設計」とは違うなあ、なんて思ってしまう。一週間ほど前に、地元の友人の結婚式に出席したのだけれど、もちろん俺以外の全員が地元住まいの実家ぐらしで、まあコストとか安定性とか病気事故のリスクを考えるとそれが最善なんだろうけれども、「それって楽しくなくない?」とか思ってしまう自分がいた。若いうちは都会に出ようよ。「大学生になったら一人暮らしがしたい!」その気持だけで地方旧帝大のここを受験したわけだけど、その時の決断は間違っていなかった。心からそう思う。やっぱり一人暮らしをすると、孤独を感じるけれど、その分自由も感じるわけで、なんというか、地元にいた頃の狭っ苦しい閉塞感からは開放される。ここらへんは抽象的で分かりづらいだろうけど、要は、個人個人の生き方の違い、もしくは感じ方の違いだと思う。俺は同じ集団に数年以上継続して存在できないタイプなので(部活も学校が変わるたびに変わったし、研究室も変わった)、なるべく変化をつけるような人生しか生きられないのではないか、などと寂しく思っている。

これで二十分。

(追記)
文字数カウントしたら1932文字。20分だから、つまり、1.61文字/sec。あれ、普段俺がしゃべるより絶対速いわ。
 前回*1やったときは考えながら書いてたから全然分量がかけなかったけれど、今回はすらすらと書けた。脳みその構造がその時と変化しているからだと思う。なんか知らないけれど、最近頭が良くなったような気がしていて、今回の分量が書けた、という結果もそれを実感させる一因になった。とまれ、一年半前とは頭の中身が変化しているのは間違いない。ま、どーでもいいけどね。

*1:といっても一年半前だけど

明日から使える3つの発表スライドTips: 進捗報告で教授を居眠りさせないために

ソースはこちら。*1http://d.hatena.ne.jp/keiko-te/20091202/p1

僕が目から鱗だったのはルール(3)と(4).次の進捗報告では以下の三点を意識して試用してみよう.

  • タイトルに数字を振って最初のコンテンツページを省略
  • 矢印ではなく「理由」「原因」「結果」などと書いて論理構成を伝える
  • 赤黒青の三色を使い分ける

*1:ドクターのブログは要チェックなのでブックマークしましたw.他にも就職セミナーの事とか面白いエントリいっぱい

ホップ、ステップ、弁理士試験

タイトルはホッテントリメーカー

博士課程に行くなら保険として弁理士資格とか持ってた方がいいんじゃね? などという浅薄な考えから弁理士試験勉強を始めることにした。とりあえず、弁理士試験のスケジュールと内容、必要な参考書などを独学の弁理士講座-弁理士試験の勉強法-を参考にしてまとめてみた*1
参考にしたサイトにもあるように、まずは独学で短答試験合格を目指していこうと思う。

*1:SlideShareも使ってみたかったのよ……