映画プリキュアドリームスターズ
無駄に見ている。ハートキャッチプリキュアがNetflixから消えており、代わりと言ってはなんだが魔法つかいプリキュアが来ていた。ハートキャッチを見たいのだが。おじさんとしては。
虚無に虚無を重ねて、毎日を過ごしている。やり過ごしている。
歯を磨く時は歯間ブラシもね。メンテナンスの時にお姉さんから「もうちょーっとだけ、歯と歯の間も丁寧に磨いたほうがよいと思いますよ。今回は漂白したらキレイになりましたけど。」と言われてしまった。うざメイドでもあった一コマ。「もうちょーっとだけ、おトイレの後は丁寧に拭いたほうが良いと思いますよ。今回は漂白したらキレイになりましたけど。」
ノンデザイナーズ・デザインブックを読んでいる。デザインルール。まだ「近接」の原則までしか読んでいないけれども、とてもためになる。こういった自己啓発的な内容は英語作者のものを読むに限る。適当な距離感が、しがらみなく内容だけを取り込める。日本人作者だと、どうにも学歴とか経歴とか、そこらへんが鼻についてニュートラルに読み進めることができない。
第一級陸上無線技術士か、電気通信主任技術者か、そこらへんの受験記録というか、合格体験記をまとめてみようと思う。そろそろほとぼりも冷めたので、書いても身バレしないだろうし。ここらへんの業界の人たち、全く受験記録とかをアップしていなくて、すごい受験勉強に苦労した記憶がある。
世界はDocking☆Docking!
扶養とか控除とか、お金を払ったり貰ったりして生きていくことに汲々としている。生々しいばかりで嫌になる。こんなつもりではなかったのに。
研究室時代の先輩方や先生方に会う機会がここ数ヶ月で何度かあった。ちゃんと研究していたり、Pythonなんかをやっていたり。きちんと前に進んでいる感じを受けて、まったく自分が恥ずかしい限りだった。僕が真剣になれているのは下半身まわりだけだ。いや、自らの下半身についても、全く真剣ではない。
そもそも生存バイアスというやつか、同窓会なんかに来れる人間は、少なくとも恥じることが無い人生を送っているということなのだ。まったく羨ましい。他の人の人生を見て、羨ましい羨ましいと恨み言を連ねているだけの恥ずかしい人間にだけはなりたくなかった。面白い。他人の芝は青い。
今更ながら、Rewriteの聖地探訪を果たした。10年越し? になるのか。先人たちの舞台探訪の記録を参考にしながら、市内から車で訪問した。
あいにく冬季で駐車場やトイレが閉鎖されていたため、近くの駐車スペース?に車を停めて訪問した。駐車スペースには車が10台ほどあったのだが、なぜか石山緑地には僕たち以外誰もいなかった。
先人たちの聖地巡礼写真では、写真奥の老人介護施設が無かったので、Keyスタッフが訪問した後、しばらくしてから建設されたのだろう。時代の移り変わりを感じた。老人介護施設が、もし、ロケハンの時に写り込んでいたら、このアングルは使用されなかっただろう。そう思うと、不格好になってしまったこの写真にも、時の流れを示すという役割を負わせることができて、意味が生まれるのだろう。良くも悪くも、生きていたら意味を負う。