six-9のブログ

おっさんのブログ。エロゲとかアニメとか。

犬憑きさん・上

犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックス・ノベルズ)

犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックス・ノベルズ)

ガンガンONLINE上で無料公開されていた*1連載小説が文庫になって発売された。連載は2008年秋から2009年春までの六ヶ月間で全六話。毎月更新日を待ちきれない思いで楽しみにしていた。

発売されたのは知っていたが、なかなか書店で巡り会うことが出来なかった*2のだが、たまたま大学生協のノベルスコーナー(戯言シリーズとかが並んでるところ)に混じっていたのを発見してレジに持っていった。

連載時に一度読んでいるのだが、あらためて読み直してみると気付く点があって面白い。なんというか、最後まで読んで各登場人物の運命を知っているから、序盤での行動にも新たな意味づけを見出せる。

この小説の面白いところは、まずその暗さだと思う。これは前作『PSYCHE』にも共通している。タイトルの通り、メインヒロインの彼女達は憑き物に憑かれていて、学園怪奇小説と題されているのだけど、憑き物をめぐる幼少期のエピソードが凄惨。酷い子供時代を過ごしていて、そりゃあこんなものが見えるようになるよなあ、と思う。ここら辺は『うみねこのなく頃に』の魔法に関する設定と似たものを感じる。違いとして挙げられるのは、『うみねこ〜』に表出する魔女は、自己を巡る環境を積極的に変えてゆこうとする人として描かれるけれど、『犬憑きさん』の憑き物憑きは透徹した目線を得て冷めた心境に至っていること。余談だけれど、僕が竜騎士07の作品をあまり好まず、逆に唐辺葉介を愛するのは、竜騎士の熱さが苦手で、唐辺葉介の惨めだけどクールな登場人物が好きだからだと思う。

次いで感じたのは、悋気の描写が生々しい、ということ。一話の『蟲毒』*3でいじめにあっている花輪美貴が一番憎んでいるのが、いじめの主導者ではなく中学までは友人だったのに、高校では付和雷同していじめに加担している本上聡美だったり、二話の「管狐」で転校してきた有賀真琴をゆすろうとするのが、クラスで居場所の無い陰気な高木由佳だったり。いじめ、というテーマで思い出すのは『CARNIVAL』*4だったり『ユメミルクスリ』だったり『AURA〜魔竜院光牙最後の闘い〜』だったりするけれど、どれも仇視の対象はいじめている中心人物だ。これは作劇的には非常に分かり易い。では『犬憑きさん』ではどうか。被害者である彼女達は、ある種の諦観を抱いていて、対立の不可避性を容認している。世界は幸せを巡るゼロサムゲームだ、というのは唐辺(=瀬戸口)作品の定説でもある。そんな彼女達が許せないのは主体性無き悪意だ。でもこれこそが悲劇の核心なんだと思う。

本来、悲劇というものは、それがどうしても避けられなくて起こるからかなしいのであって、なかの誰かが「性格の中に何か欠点がある」ことなどからは、生まれるものではありません。すべて良い人であり、天気もよく、小鳥もさえずっているのに起こってしまった悲劇……これが問題です。人の愛やにくしみというものは「邪悪な社会の犠牲」などという言葉では割り切れないところから始まるのであり、それが人生の機微にふれているから「三倍泣ける」のです。

寺山修司『家出のすすめ』


とまあ、ここまで書いてきたように、すごくお勧めできる一冊。下巻が5/22に発売されるが、最後まで読んで損はしないと言い切れる。ある程度予想は付くけれど、ちゃんとカタルシスが待ち受けていることは一度読んでいるから分かっているし。発売日が何気に楽しみだ。

*1:現在は閲覧不可。出版が決まった途端これまでのエピソードが見れなくなった。丁度六話(最終話)の更新前で、これまでの話を見直そうと思っていたのにできなかった。この対応にだけは不満が残る。

*2:スクエアエニックスノベルス(SEN)というレーベルは新しくて、書店でもコーナーが用意されていなかったりする。唐辺葉介さんの前作『PSYCHE』も見つけにくかった。マンガコーナーに置いてあることも珍しくないとかw

*3:「蟲毒」は「孤独」と掛けている、と読むのは穿ち過ぎか?

*4:このライターの瀬戸口廉也唐辺葉介というのが通説。僕もそうだと思っている。